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2019/11/13 (Wed)
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2014/09/01 (Mon)


イギリスの2ポンドコインにもいろいろな図柄のものがありますが、昨日パブの支払いのおつりとしてもらったものははじめて見る柄で、ちょっと珍しいものだったので、それについてここに書くことにしました。

この2ポンドコインは1663年にギニー硬貨がはじめて発行されてから350周年を記念して2013年に発行されたもので、王立造幣局のホームページによると記念硬貨として10ポンドで売られているもののようです。10ポンドで買っても、普通に使おうとした場合、価値は2ポンドしかないので、これを使う人はほとんどいないと思われ、普通に流通することはごくまれなのではないかと思われます。

ギニー硬貨というのは、イギリスの貨幣としては初めて機械で鋳造された金貨としてしられ、金が多く取れた西アフリカのギニアにちなんでこのような名前になっているそうです。ギニー硬貨は1813年まで発行されていたようです。

上記のように、この2ポンドはギニー硬貨発行を記念したものですが、硬貨の記念のための硬貨といいうのはこれが初めてだそうです。

コインの図柄は王家の紋章ですが、よく見ると現在の紋章ではなく、ジョージ1世が即位し、ハノーバー朝が始まった時以来、1801年のアイルランド併合の際にジョージ3世が紋章を改訂するまでの間使われた紋章になっています。この紋章のギニー硬貨が最も広く使われよく知られていることから、それを再現したということのようです。王家の紋章の変遷については、こちらも参照。


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2013/02/13 (Wed)
gibraltarcoin.JPGちょっと珍しいコインの第一弾第二弾に続き、第三弾として今回は再びジブラルタルの1ポンドコインと関連する話題。

今回紹介するコイン(写真)は、頭蓋骨の図柄で、やや不気味な感じがしないでもないが、下に小さい文字で書いてある言葉を読むと、なぜ頭蓋骨がジブラルタルのコインに描かれているのかが分かる。そこには、Discovery of Neanderthal Skull in Gibraltar 1848 と書かれている。というわけで、かつてジブラルタルでネアンデルタール人の骸骨が発見されたことを記念した図柄というわけである。

ネアンデルタール人は現生人類 (Homo sapiens)の亜種 (subspecies)、あるいは同じヒト属 (Homo) に属する別の種(species) のいずれかとされ、いずれにしろ、現生人類と非常に近い間柄にある存在であるが、今から3万年前後前には絶滅したとされる。コインの絵からも分かるように、ネアンデルタール人の頭蓋骨は、現生人類のそれよりも潰れて横長の形をしている。そして、脳の容積は現生人類よりも大きいらしい。

ネアンデルタール人の骨が最初に発見されたのは、1829年、ベルギー(当時はまだオランダの一部)のエンギスという土地の洞窟の中からであった。ジブラルタルのもの (Gibraltar 1と呼ばれる) はこれに次いで二番目に古い時代に発見されたもので、1848年にフォーブズ・クオリー (Forbes’ Quarry) という石切り場において発見された。これらが発見された当時は、この骨がどういったものなのかということは不明で、ジブラルタルで発見されたものは「古代人」(an ancient human) の骨と言われていたらしい。

その後、1856年には、ドイツのデユッセルドルフから東に十数キロ行ったところにあるネアンデル谷において、3例目の骨が発見された。ちょうどこの発見の数年後にはダーウィンの『種の起源』(1859年) が出版され、この骨についても進化論的な観点からの研究がなされることとなり、その過程で、類人猿と現生人類の間に位置するものかとも考えらえるようになったという。一方、1863~1864年には、ゴールウェイ(アイルランド)の大学で教えていた地質学者 William King が、この骨の主はヒトではあるがHomo sapiensとは異なる種であるとし、この種に対して Homo neanderthalensis という学名を提案した (1863年は口頭発表の年、翌年は論文出版の年)。King の説・提案の影響下で、やがてネアンデルタール人という呼び名が定着したようである。

このような経緯で、この(亜)種にはネアンデルタールという名が付いているが、Gibraltar 1 の方が約8年早く見つかっていたということを考えれば、世が世ならこの(亜)種にジブラルタル(の地名)に基づく名前が付いていたなどということもあったかもしれない。いずれにしろ、ネアンデルタール人の骨が世界で2番目に早く見つかった土地であるということを考えれば、ジブラルタルのコインにネアンデルタール人の頭蓋骨の絵が用いられるのも理解できる。

なお、ネアンデル谷の名前は、ここを好んで訪れていたJoakim Neander というドイツの牧師の名にちなむNeander と、「谷」を意味する Thal (> 現代の綴りでは Tal = 英語 dale) から成る地名らしいが、Neander という名前は、ドイツ語のNeumann (= 英語Newman) のギリシア語訳に由来するという。New man という名前の付いた谷で、かつて「古代人」と呼ばれ太古の昔に滅んだヒトの骨が見つかったというのは、何とも奇遇な気がする。



2013/02/02 (Sat)
isleofmanpoundcoin2.jpg以前、ちょっと珍しい1ポンドコイン」と題して、ジブラルタルの1ポンドコインのことを書いたが、今回は第二弾として、マン島の1ポンドコインについて(マン島については、ホームページ内のこちらのページも参照)。

ブリテン島とアイルランド島の間のアイリッシュ海に浮かぶマン島は、チャネル・アイランズと並び英王室領(Crown Dependencies)のうちの一つで、10世紀から続く独自の議会(Tynwald)があったり、独自の政府があったりするという点において特殊な位置づけの土地である。マン島政府は独自の貨幣も発行しており、そのため、イギリスと同じポンドが流通している一方で、独自デザインの硬貨・紙幣も作られている(ただし貨幣単位やその価値はイギリス・ポンドと同じ)。       

冒頭の写真はマン島独自のデザインの1ポンドコイン(のうちの一つ)。中心に描かれているのは、マン島のシンボルである triskeles で、この島の紋章や旗にも描かれている(以下の図を参照)。三本足のこのシンボルは、マン島のシンボルとしては13 世紀の紋章に用いられたのが最古の記録であるが、なぜこのマークがマン島のシンボルマークとされたのかは不明。紋章の下には、Quocunque jeceris stabit「汝がどこに投げようと、これは立つ」という17世紀から用いられているモットーが付されている。「七転び八起き」という言葉が思い起こされるようなモットーであり、三本足のシンボルとも何となく調和するもののように感じられる。

写真の1ポンドコインにおいては、3本足のマークの各足の間にベルがあるが、これは millennium bells と書かれているので、ミレニアムを記念したベルのようである。

islemanflag.png    Isle_of_Man_coat_of_arms.png








ついでにもう一つマン島で手に入れたちょっと珍しい1ポンドコインの写真も載せておく。これは1988年に初めて発行された図柄の1ポンドコインで、携帯電話の絵が中心に置かれている。恐らく新技術の導入を記念して作られたものなのだろう。

携帯電話の上に書かれている Ellan Vannin というのは (ケルト系の) マン島語 (Manx) で「マン島」と書いたもの。「島」を表すellanと Vannin < Mannin「マン」から成っている。Manninというのは、アイルランド神話のMannanánという海の神の名前と語源的に関連があるとも言われており、そうだとするとマン島という島名も何らかの神話と関連したものなのかもしれないが、詳細は不明(この島名の語源つにいては、別の説もある)。

isleofmanpoundcoin3.jpg

















 
2012/02/24 (Fri)
e2c1bcc9.jpeg

日本の貨幣(コイン)は、百円玉なら百円玉で、全て同じデザインだが、イギリスで流通している貨幣には、いずれも複数のデザインがある。中でも1ポンドコインは特にデザインの種類が豊富。前回少し紹介したように、コインのデザインの中には、英国内の各「国」や地域を象徴する図柄が用いられていることも多いが、今回紹介する「ちょっと珍しい1ポンドコイン」も、この種のもの。

 
今回紹介するのは、ジブラルタルの1ポンドコイン。イベリア半島の南東の端に位置し、地中海の入り口、ジブラルタル海峡に突き出た半島がジブラルタル。北側はスペインと国境を接している。
 
この土地は、スペイン継承戦争(1701~1714年)の間の1704年に、イギリス・オランダ連合軍がスペインから奪った土地で、この戦争の末1713年に締結されたユトレヒト条約により、イギリスの領土となった。それ以来現在まで、イギリス領であり続け、英国君主を君主とし、公用語は英語、通貨は英ポンドが用いれている。
 
同じ英ポンドを使っているので、時にジブラルタルのコインがイギリスに持ち込まれ使われることもあり、ごく稀に「本土」でもジブラルタルのコインを見ることがある。とはいえ、個人的には1ポンドコイン以外は見たことがないが。。

Gibraltar_coat_of_arms.png
 
コインの図柄は、ジブラルタルの紋章の図柄に基づくもの。そして、この紋章はスペイン支配時代に遡るものである。ジブラルタルは支配者がよく変わったが、16世紀初めにスペイン領となり、その際に、カスティーリャ王国の王女イザベラ1世がジブラルタルにこの紋章を与えた。というわけで、紋章中央の砦の図は、カスティーリャの紋章に描かれた砦の図に倣ったもの。
 
また、砦の下にかかった鍵は、ジブラルタルがスペインや地中海にとっての「鍵」であるということを象徴するものらしい。そして、このような考え方は8世紀頃まで遡るらしい。海峡に臨み、海運上非常に重要な場所にあるということを比喩的に捉えたものであろう。
 
紋章の下の言葉は、MONTIS INSIGNIA CALPE (ラテン語)で「カルペの山のしるし」の意。「カルペの山」は、the Rock of Gibraltar「ジブラルタルの岩」の古称で、ジブラルタルの岬のことを表す。1ポンドコインにもこの言葉が刻まれている。

というわけで、今回は、イギリスでたまたま見つけたちょっと珍しい1ポンドコインを眺めつつ、未だ見ぬジブラルタルに思いを馳せてみた。。

(ついでに。。。以下は、ジブラルタル政府の紋章。英国政府の紋章の下にジブラルタルの紋章が組み込まれている。)


Coat_of_arms_of_the_Government_of_Gibraltar.png
 
 
2012/02/09 (Thu)

d3e2b684.jpeg




















「British History and Culture ~イギリスの歴史と文化のブログ」において、数回にわたってジャージー島のことを紹介したが、その中で、ジャージー島を含む、チャネル・アイランズは英王室領で、厳密にはイギリスの一部ではなく、税制をはじめとして、「本土」とは異なるところがいろいろあると書いた。

お金に関しても、本土と同じものに加え、ジャージー島にはジャージー島独自のデザインのものがある。写真がそれである。コインは左から、1ペニー、5ペンス、10ペンス、20ペンス、50ペンス、お札は1ポンド。5ポンド、10ポンド、20ポンド札もあるが、これらはまた別の機会に。本土では1ポンドはコインだが、ジャージー島ではコインと並行してこの紙幣が広く流通している。やや古めかしく見えるが、これが現在流通しているもの。

コインの形や大きさは本土のものと同じだが、裏面の図柄はみな、ジャージー島にある太古の昔から近代までの様々な建造物となっている(反対側はみなエリザベス女王の横顔で、本土のものと大体同じ)。1ポンド札の中央にはジャージー島の紋章が印刷されている。

本土でも、スコットランドや北アイルランドではそれぞれ独自のデザインの紙幣も使われている。あるいは、チャネル・アイランズと同様、英王室領のマン島にも独自デザインのお金がある。そして、いずれの場合も、独自のデザインのコインや紙幣には、その土地ならではの動植物、建築物、風景などが図柄として採用されている。その意味で、コイン・紙幣にはその国、地域、土地の歴史、文化、風物の一端が象徴的に取り込まれており面白い。

そういうわけで、僕は旅行に行くと必ず、コインや紙幣を手に入る限り一通り持ち帰り、帰国後時々眺めながら、その土地のことを思い出したりしている。







 
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